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便利だからと維持を選挙公約にした府中市長

市の職員たちも、公約に掲げた市長に従った。市民にアンケートをし、ダストボックスの存続を希望する市民が多い、という結果をもとに存続を堅持した。しかし稲城市長に迫られ、廃止を表明。それから7年後の2008年。野口市長は議会で、ダストボックスの廃止を表明した。3選目のときは、さすがに、「ダストボックスを維持します」とは言わなかった。実は、表明する前、I市長から、一刻も早く廃止するよう通告されていたのだ。I市長は言う。「『うちにある焼却工場でごみを処理してもらいたいなら、ダストボックスを廃止しなさい』、と通告し、府中市長に約束させたんだ」府中市は、隣接する稲城市などと一緒に一部事務組合を作り、稲城市内に焼却工場を造り、ごみを持ち込んで燃やしてもらっている。市内から出るごみの一部は、隣の小金井市などと一緒に造った小金井市にある焼却工場でも燃やしていたが、この工場が老朽化し、閉鎖され、燃やせなくなった。困った府中市は、そのごみを、稲城市に頼んで、持ち込むことを認めてもらった。でも、それに条件がついた。ごみ減量に努力し、持ち込むごみの量を減らすために、I市長がごみ受け入れの条件として出したのが、「ダストボックスの廃止」「ごみの有料化」「戸別収集」の3つだった。稲城市もその周辺の町でも有料化と戸別収集を進め、ごみを減らしている。ダストボックスが東京都内で残っているのは、府中市だけだった。焼却施設のある市の了解がないと、事務組合を構成しているからといって、ごみは勝手に持ち込めないのだ。野口市長は「わかりました」と、丸呑みするしかなかった。それに、この問題を深く勉強したわけでもなかったから、代案もなかった。廃止は2010年の予定である。