技術の歴史のなかには、同じ時期に同じことをやろうとする人物がしばしば登場する。ガスを照明に使おうとした人物の一人は、英国のウィリアムーマードックたった。彼は1792年にコークス製造の副産物である石炭ガスを燃焼させてガス灯の実験を行ない、自分の家や事務所を照明した。彼が過去にガスの明かりを試みたほかの人物とちがうところは、ガス灯そのものを考えたのではなく、ガス灯のシステム全体を考えたことにある。マードックは石炭を乾留する装置、石炭ガスを貯蔵するガスタンク、ガスタンクからガスを導くパイプ、そしてガス燃焼させるガス灯、ガスを止めたり流したりする簡便なコックという一巡のシステムを工夫したのである。彼は1802年になって、そのシステムでバーミンガムのソーホー工場をガス灯で照明した。産業革命当時の英国は、家庭の明かりというよりは、工場を明るく照らす産業用の明かりの出現を待ち望んでいた。ガス灯がそれまでのロウソクやオイルランプとちがう外見上の大きな特徴は、燃える灯芯がなかったことである。1810年ころの英国下院の公聴会で、ある議員がマードックに、「あなたは灯芯がないのに明かりが灯るとでもいうのですか」と質問した記録をヴォルフガングーシヴェルブシュが伝えている。しかし、ガス灯がロウソクやオイルランプと本質的にちがうのは、それが「システム」であったことである。それまでの明かりは、燃料と灯芯とが一体となった完結した小さな自給自足製品であった。それに対してガス灯は、燃料をそれにふさわしい場所でつくりだし、明かりは明かりでそれにふさわしい別の場所で使用する。明かりの使用者は、遠く離れた場所から「エネルギー」を供給するシステムに組み込まれていったのである。のちになってエジソンが電灯システムを構築するとき、このマードックのガス灯システムを徹底的にモデルとしたことはよく知られている。このエネルギー中央供給システムは、現在の電気のシステムにそのまま受け継がれている。