アーカイブ

翻訳学校で学んだ意外な事実

翻訳学校に通いはじめたわたしは、何人かの講師の授業を受けました。しかし、翻訳のノウハウを習うような授業が役に立ったとは思えません。つまり、各生徒が家で翻訳した訳文を、先生といっしょに教室でこまかく見ていくといった形式の授業です。いわば、学校の訳読形式を、翻訳にあてはめたようなものです。それよりむしろ、生徒が訳していった訳文をけなしたりするのが中心で、ちょっと考えると、ほとんどなにも教えてもらわなかったような授業が、結局は役に立ったような気がします。いまでも忘れません。わたしがはじめて訳していった訳文を、みんなの前で一笑に付されたときのことを。そのときは、誤訳しているわけじゃないし、かなり自信があっだのに、いったいどこがいけないのかわかりませんでした。内心ムカムカと腹が立って、胃がねじれそうになりました。わたしだけではなく、コテンパンにけなされる生徒は大勢います。帰りの電車のなかで、ぶんぶんと腹を立てている人もいました。「第一、あの講師の試訳だって、たいしたことないじゃないの」というわけです。その人は、それ以来学校にやってこなくなりました。わたしはというと、なんとかしてあの先生からケチをつけられないような訳文を書いてやろうと、しつこく文章を工夫するようになりました。いまだからわかるのですが、少なくとも文芸翻訳では、翻訳のノウハウなんて、教えようとして教えられるようなものではないのです。訳す原文はそのつどちがうし、同じ単語でも前後関係やその作品全体とのかかわり具合で、そのつどちがってきます。単語だけではありません。ちょっとした助詞の使い方ひとつで、文章の感じがちがってきたり、下手をすると意味までちがってきます。だから、小手先のノウハウを習うより、とにかくだれかに見せるつもりでたくさん訳し、文章を練りに練ることが、結局はいい勉強になるのです。独習ではなかなかそういうわけにいかないので、その点では翻訳学校に通ったことは勉強になったと思います。あとは訳す人が、どれくらい文章に対する感性を磨いているかにかかってくるでしょう。英語力そのものとちがい、翻訳力のような、いわく言いがたい曖昧模糊としたものに関して、どうやったら力をつけられるかといった、かんたんな処方など思いつかないのが、本当のところなのです。

[注目サイト]
100円オンライン英会話のぐんぐん英会話
http://www.gge.co.jp/